時の移ろい~服部緑地の24時間~
今回のコースは服部緑地公園内の4キロ周回コース。
多少のアップダウン(高低差20m)、一部に土やウッドチップの路面、森、池、乗馬場、花壇、児童遊園など自然のあふれる風景・・・最後まで一番元気に走ったY子さんに「いくら走っても飽きの来ないコース」と褒めて頂いた。
1周ごとに給水給食するのにも4キロというのは絶妙な距離だった。
さて私の24時間ラン。
1周目、皆さんにコースを案内するため先頭に立つ。
「うわ~、複雑。矢印がほしい」・・・私にすれば毎日走っているコースで、うかつにも道しるべのことなど全く頭になかった、反省!
確かに距離を稼ぐためにかなり不自然に角を曲がることを繰り返す。単純なループではない。
応援に来てくれたマリオさんに頼んで小麦粉で矢印を描いてもらった。4周目にペースが落ちているのは矢印作業のため。
その後も夜になるまでほぼ全員一団となって走った。
スタートからの雨で気温は下がり、キロ6分前後の順調なペース、軽く給水給食してまたスタート、これを30分弱のインターバルで繰り返す。
土曜午後の緑地公園、グラウンドではラクロスの学生リーグ戦・・・「ラクロスの試合見るのは初めてや」と、たけじい。
駐車場の係員は私たちが通るたびにクルマを止めてくれるが、何度も何度も通るうちに驚き、あきれたような表情に変わっていく。翌朝また同じ人が出勤してきたら、まだ走っている私たちを見て仰天するだろうな(笑)。
夜8時ぐらいになって「ちゃんとした食事をしよう」とそうめんを食べた。ウルトラの大先輩の中仙さんがお湯を沸かして茹でて下さった。スイカのデザートも。美味しかった。
この夕食をはじめ、今回私は何でも美味しく食べられた。食事は一番の懸案事項だったのだが涼しかったせいか全く問題なし。
24時間で口にしたものは・・・そうめん、おかゆ、大福、ようかん、ドーナツ、カステラ、菓子パン、ポタージュ、味噌汁、お吸い物、梅干、塩あめ、プリン、ゼリー、アイス、スイカ、みかん、カロリーメート、カーボショッツ、コーラ、スポーツドリンク、お茶、水・・・というところかな。胃腸薬も飲まずにすんだ。
公園内は夜も外灯やトイレの明かりが点いていて真っ暗闇ではない。
でも本当の深夜になると外灯もトイレの明かりも半数は消灯されていた。で、あとで気づくのだが夜明け前にはまたすべての明かりが一旦点灯されるのだ。
宵の内や早朝はともかく、深夜は公園利用者もいないので省エネということだろう。
しかしこの日の服部緑地は違った。
夜の闇が深くなるにつれ、次々と応援メンバーが現れる。仕事あるいはお盆の親戚付き合いをすませて、走ってきてくれる仲間たち。
夜の公園でにぎやかなランニング、ちょっと異様な光景だ。
・・・でも、それ以上に異様な集団が現れた。
黒っぽい服装にゴーグル、エアガンを持った若者たち・・・サバイバルゲームというのかな?
10人ぐらいのチームに分かれて森の中に散開、対戦を始めた。
ダダダダダダッ、ひえ~、結構マジな音もしている。
暗闇の中で赤外線スコープなんかもつけてるみたい、こっちはコースを照らすLEDライト携帯だ、これで照らしてやったら迷惑やろうな~、なんてイタズラ心も起こったがやめておいた。
ま、お互いに「ヘンな人たち!」と思っていたことでしょう。
彼らは朝の4時ごろまで戦闘を繰り返していた。
さて、真夜中1時。スタートから12時間、ちょうど100キロに到達した私は一度休憩がてら歩くことにした。
ところが歩き出した途端に猛烈な眠気に襲われる。2番目の懸案事項、睡魔との闘いだ。さっきまで全く問題なかったのに、やはり100キロ到達で気が緩んだのだろう。
ここから朝方までは本当に辛かった。
応援に現れたマッチャンや夜走りのベテランのカツさんに励まされ再び走って目が覚めたかと思ったが、それも長くは続かず。いすに座って「5分だけ寝よう」・・・心拍数がストーンと落ちてますね(笑)。
夜明けも近いと自分を鼓舞して走り出すと今度は突然足の裏に問題発生。何時間も前から水泡ができてるなと気になっていたのだが、ついにそれがつぶれたか針を刺すような痛み。
このあとの「股ズレ」も含めて、皮膚関係のトラブルについては全く想定外で何の準備もしていなかった私・・・・やはり超ウルトラに関してはずぶの素人だったことを思い知った。
いや~、私も5、6年前まではフルマラソンでさえマメや股ズレ、脇ズレに悩まされ、それなりの対策もしていたのだが、ここ数年はそういうトラブルの存在さえ忘れてました~。
とりあえずテーピングを借りてテントに入り、応急処置をして・・・・いるつもりが、ここでまた寝てしまっていた。心拍数見ると15分くらいのようだが・・・40拍近くまで落ちてます(笑)。
外の声に目が覚めてテントを出るともう明るい。
地元グリーンクラブのメンバーが朝練を始めている。児童公園では100人近い人たちがラジオ体操をしている。服部緑地の朝だ。
マメの痛さは走っているうちに麻痺、股ズレも言葉では表せない状況だったが何度もランパンやタイツを履き替えてどうにかやり過ごし、グリーンクラブの青ちゃんや大西さんに併走してもらってグングンとペースが上がっていった。
駐車場の係員はまさか昨日から続けて走ってるとは思ってないみたい。「今日も来たのか、ご苦労さん」てなもんだ。
事情を知らないランニング仲間も「今朝は早くから走ってんねんなぁ」・・・彼女には昨日の午後にも会ったんだが、やはり続けて走ってるとは思わなかったらしい。
なんてバカなことをしてるんだろう・・・でも、とにかく100マイル、160キロまで走ろう。
なんとキロ5分近いペースにまで上がっている。
こんなにペースを上げたら100マイル走ったあとに3時間も残ってしまうのに。またそこで緊張が切れるのも目に見えているのだが・・・この時点では「時間走」ではなく「距離走」の感覚になってしまって一刻も早く100マイルに到達したい思いで一杯だった。
午前10時前、100マイル走破。
しかしマメと股ズレはもう限界、シューズとランパンを脱いでサンダルとルーズパンツに履き替え、トボトボと歩いた。
今日もラクロスの試合をしている。あれ?座り込んで試合を見物している西村さんを発見。実は居眠りしていたのかな?すでに180キロを走破した驚異のウルトラランナーの素顔を見たようで嬉しかった(西村さんゴメンナサイ)。
Y子さんも100マイル到達、そのシューズ、そのウェアのままで「おまけ」の時間をゆっくりながら走り続けている。さすがだ。脱帽。
私はその後、何度もコース途中で座り込んで居眠りしながらおまけの2周を歩き、それでも残った1時間は「撤収作業に備えるため」を口実としてエイドに倒れこんだ。
スパルタスロン、萩往還、さくら道などなど、およそ250キロを2日間、3日間にわたって走るウルトラレース。想像はしていたが、100キロまでとはまた別の体力というか生命力が求められるのだろうなと、その厳しさと奥深さの一端を垣間見た気がした私の24時間・・・いえいえ正直に言うと23時間でした。
で、このとんでもないマメ、今週末には治るのかなぁ・・・(涙)
by runmama
| 2005-08-16 17:04